室町時代中期に小野寺忠道が稲庭からここに本拠地を移し、戦国時代末期には小野寺景道が隠居したと伝えられています。
平城で、城跡の西側を大戸川、東側には堰が北に向かって流れ、東西南北に土塁がめぐり、その四隅に物見櫓が配置されました。水濠に囲まれ小規模ながら舘を中心に町が形成されていた中世の様子をしのばせます
横手市平鹿町上吉田間内字吉田
横手市教育委員会文化財保護課 TEL 0182-24-3480
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